プリキュアを読む

感想やまとめとは違う分析的なもの

【ハグプリ】第26話 見守る愛、支える愛、そして…


第24話から第26話は、それぞれ、はな、ほまれ、さあやの個別回という捉え方がされると思う。しかし、第23話を含めた、4回をまとめて、おかあさん回と考えるべきではないだろうか。3人のトリとなる第26話「大女優に密着! さあやとおかあさん」では、遂に"おかあさん"がタイトルに入った。これは、やはりおかあさん回シリーズということ。
3人のオリジナルプリキュアのママは、それぞれ、自分に合った愛情の示し方で、子供に接している。この三者の自らの子の現状の理解は、ハグプリのオープニングで毎週刷り込まれる、「なんでもできる、なんでもなれる」というフレーズを軸に整理することができる。各ママの、自らの子の理解と、子供が何ができるか、何になりたがっているかへの対応について考える。

はなママの見守る愛

第24話で、はなママはが見せたのは、見守る愛。見守るべき時と抱きしめる時の見極めが常人レベルを超えた感覚で行われていた。
はなは、まだ自分の能力が分かっていない。だから、まずは見守り、はなが何ができるか、自覚するのを待っているのが、はなママ。一人ぼっちのプールで、悩んでいても、直ぐに声をかけることはせず、見守る。はなママは、はぐたんが目を覚まさなくなったのは自分のせいだと思い悩み、「プリキュアできない」と言うまでに落ち込んだ時や、友達を守ろうとしてイジメにあって潰れそうになった時といった、はなが、自分では解決できない段階にまで問題が至った時には声をかけるが、それまでは見守ることを貫く。はなママ自身に信念、覚悟がないとできないことである。

ほまれママの支える愛

第25話で、ほまれママが見せたのは、支える愛。実際は、はなママだけでは無理で、祖父母の支えもあってこそ。なのでちゃんと同居も描かれている。
ほまれは、スケートの能力があることは自覚しているが、その能力の限界は未知数。親として、スケートの能力の限界に、娘がチャレンジするための制約をなくしたいと、ほまれママは考えている。つまり、ほまれのスケートの能力の限界を、ほまれ自身もほまれママも、まだ分かっていないので、環境的理由で、ほまれが、自分の能力の限界に挑むことを妨げたくないと、ほまれママは考えている。恐らく金銭的待遇が良いので、肉体的には男の方が有利な仕事をしているのだろう。ほまれもハリーに対して語っているが、スケートリンクのある学校の特待生クラスに進んだ今でこそ、大分経済的負担は軽くなったはずだが、それまでは、スケートクラブへのお金や練習場の使用料その他でかなりの出費であったと思われる。ほまれが、能力の限界に挑むために、家計のことを心配せずに、スケートに専念できる環境を整え、支えようとしているのが、ほまれママ。

さあやママの背中を見せる愛

第26話で、さあやママが見せたのは、生き方を言葉で教えるのではなく代わりに背中を見せる愛。文字通り背中見せているシーンがある。
自分の生き方を、言葉ではなく、背中で見せる。見せ続ける。そういう愛。女優という魅せる仕事であることからも、納得できる愛し方。
頑張り屋で、役作りのために休み時間を使って苦手な包丁の練習をする。自分の子供に素敵だと思わせる、つまり尊敬させる母親。そういうお母さんのいる向こう側に行ってみたいと思わせる母親。まさに背中を見せる愛。女優以外にも道はあると言いながらも、女優の道に進むことを否定しない。さあやに女優としての才能があるか否かも、判断できると思うが、それを、さあやに伝えることもしない。自分で納得すれば、女優として頑張っても、違う道に進んでも良いという考え方。生き方の見本は示すかれど、生き方自体は自分で決めなさいということ。

三人三様のおかあさんの愛

3人の母それぞれの愛。アニメのシナリオなので当然だけれど、それぞれの愛が、バランスよく異なっているところが良い。
はな、ほまれ、さあやのいずれも、自らの母が、そのような愛情を注いでくれていることを、意識、無意識の差はあれ感じている。
はなは、第23話の社長お披露目回で、ハグたんが、はなに対し『ままー』と叫んだ際、はながイジメにあった際に、自らを見守り包んでくれたことを思い出している。
ほまれは、第25話のおまつり回で、「今はスポーツ特待生で、学校にリンクもあるけど、だからこそ早く試合で結果を出して、安心させてあげたい。私は、私を支えてくれる人のためにも、私のなりたい私になるって決めているんだ」とハリーに告白している。
さあやとさあやママの対話シーンでは、才能絡みの対話だからか、プリキュアの才能関連話で出てくる羽根まで舞っている。さあやは、知恵のプリキュアらしく、第26話で、背中で語る母に、言葉での対話をもとめ、母の愛を確信する。
さあやママを、大女優ではあるが、天才女優としては描かず、努力を積み重ねて現在の地位を築き、今も努力を続ける人として描いたことは、非常に良かった。それでこそ、背中を見ろと言うことができるから。元々の天才では、背中見せても、凡人には何もできない。

なぜ今ここでお母さん回だったのか

第24話から、第26話までで、簡潔に3人3様の母の愛が描かれた。この母の愛の提示を、ハグプリ後半の冒頭に持ってきたことの意味。これを考えながら、見ていくと色々発見がありそう。

《おまけ》

①万能包丁

キッチンの女王が、ネギを切るのに使う包丁、万能包丁にみえるけど…そういうもの?それとも何かネギ切り専用包丁なの…と思って検索したが、あるにはあるが全然違う形だった。弘法筆を選ばずということか?

②しなやかアイテム

あと、今回キュアアンジュが振り回していた棒だったはず。棒なのに弦楽器(ハープ)になるのは、まあプリキュアのアイテムだからと許せるけれど、しなやかで瞬発力ハンパない能力もあったのか!これ、材質何でできているのだろうか。

③薬師寺家家族全員の成果物一覧

そういえば、さあやママ、夫の成果物(お弁当)と娘の成果物(天使のシュワシュワウォーター)がランチなんて、幸せこの上ないな。つまり、さあやがさあやママに相談に行くシーンでは、さあや(天使のシュワシュワウォーター)、さあやママ(台本だけでなく、この場所自体が仕事場)、さあやパパ(お弁当)の3人の仕事が詰め込まれているシーンになっている。しかし、1つ分からないのは、何故割り箸なのか。さあやパパは、お弁当手作りして、巾着袋にまで入れているのに、箸を入れ忘れたとか?たしかに箸を外出ししないと、あの巾着の中身が弁当と視聴者には分かりづらいが、なら、箸箱を別途書けば良いと思う。惜しい(glitter forceとして放映時に、説明なしに巾着袋がお弁当と分かるためにそうしたのかもしれないが…)。

④ルールーの飽くなき探究心

も一つ、ルールーだけれど、はなママ主演ドラマを『料理のドラマということで見始めたのですがね』と言っている。しかし、『料理のドラマということで見始めた』ってどういうことよ?
おい、よだれ、よだれ…
ラスト近くでは、『これがネギ』とあくまでデータ収集という建前でガッついてる。
おい、その食い意地…
『料理のドラマということで見始めた』ってそういうことか?撮影所に行こうと提案したのもルールーじゃん。撮影後の料理食べることまで"理解可能"やったんか…とまあ、面白いのだけれども、こういうの、メインターゲットの方々は喜ぶのかなぁとは思う。お祭り回の出店堪能しきれていない発言も、ちょっとねぇ。現実的に、メインターゲット世代は、親が場所取りに行くと決めたら、出店もっと堪能したいという意見言っても、なかなか聞いてもらえないしね。

⑤今一度みきたんに浸る

あと、やはりさあやママ、みきたんだわ。さあやよりみきたんの方が髪の色が似てるのだから。

⑥さあやパパは偉大!

最後に、"天使のシュワシュワウォーター"に合わせた"しゅわしゅわ"感あるデザインのお弁当用巾着作るさあやパパ凄い!