プリキュアを読む

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【スタプリ】プリンセスがフワをあくまで器としてしか見ないことについて


まあ、大きいお友達の多くが、フワをあくまで器としてしか見ない13星座のプリンセスに憤るのであるが、ちょっと待って!スタプリはそれだけではなく、もう一段の仕掛けを持っている。恐るべし、スタプリ。

蛇遣い座だけでなく12星座のプリンセスもあくまで器としてしか見ない

蛇遣い座との戦闘でフワが消失した際に、12星座のプリンセスたちは、あっさりフワはスターパレスに戻ったと言っておしまいにしている。これは、結局、12星座のプリンセスも、蛇遣い座のプリンセスと同じく、イマジネーションは、知的生命体の生きがい、希望、夢であることを理解していないからである。フワは、プリンセスにとっては器であるかもしれないが、ひかるたちにとっては、生命ある知的生命体であるのだ。また、視聴者にとっても同様。故に、大きなお友達は、プリンセスたちに憤るのであるが…ちょっと待て。

何か忘れてないか?

知性を持つからスターパレスの一部に過ぎないフワを知的生命体として扱うというのならば、ララが生まれてからずっと共に過ごしてきたAIさんはどうなのだろうか。知性あるぞ、確かに有機物質感はないが。しかし、蛇遣い座のプリンセスとの戦闘で、ララのAI搭載ロケットが喪失しても、ララを始めプリキュアの誰も悲しまない。これ、結局、プリンセスと同じ思考をプリキュアも、我々大人の視聴者も持っていて、単に思い入れの強さで判断し、情けがないなどと言っているだけである。これ、恐らく意図的なのだろうが、スタプリは、本当にさりげなく人間の本質を突いてくる。いやぁ凄い。

我々はなぜフワに対する思いをAIに持たなかったのか

フワは、ひかるたちには、赤ちゃん状態で出会い、幼児もしくは小学生程度の状態で、消えていった。視聴者は、フワの成長を見ている。また、自分より幼いという点がポイントである。見守りたいという気を起こさせる。
一方のAIであるが、養育係であり、年上イメージである。プリキュアの誰よりも冷静でしっかり者イメージである。このため、感情移入がフワと比べてしづらい。この辺りにAIの喪失をについて悲しむことを忘れてしまっているのではないだろうか。

二段構えの凄み

スタプリは、フワを器扱いするプリンセスに対し憤る大人の視聴者に対し、そういうお前らも同じなのだよと看破してくる。この二段構えの仕掛けを用意するシナリオの凄み。恐ろしく大人向けである。

プリンセスの免罪

しかも、プリンセスたちは、我々人間と違い、フワを器としか考えていないことに対し、免罪的事実がある。それは、宇宙自身が自分たちの手で作ったものであるということ。つまり、失敗作であれば、捨てて作り直せば良いということ。蛇遣い座のプリンセスが宇宙を消し去ることにこだわったのはこの理屈である。陶芸作家が、焼きあがった自分の作品で、自分の名前で世に出すことが相応しくないと思ったものを割る感覚と同じと考えれば、失敗作を失敗作として認めずない12星座のプリンセスの中が異常で、蛇遣い座のプリンセスのまっとうさに気付かされる。

気まぐれで残酷なプリンセスたち(除く蛇遣い座)

宇宙を作るに際して、第47話でしし座のプリンセスが言ったように、「見てみたいのです。この宇宙に生きる者たちがイマジネーション、想像力をめぐらしてつくる世界を」なんていう、気まぐれなオプションを蛇遣い座のプリンセスの反対を押し切り付けたものだから、宇宙では、争い、妬み、苦しみが生じる。これが見てみたかった世界の成れの果てであり、それを失敗作として破棄しようというのが蛇遣い座のプリンセスが、ダークネストとなって実現しようとしたこと。これは、これ以上苦しませるくらいなら、無にしてしまえという考え。宇宙を生み出したのが自分たちだから、無にするのも抵抗がない。しかし、なぜか他のプリンセスはそれに反対する。それが、スタプリ第1話からの戦いの記録である。そして、12星座のプリンセスは、別に人道的見地から宇宙を存続させようとしていたわけではない。それは、フワの扱いや、宇宙空間で悪事を働いているものたちを特に罰することをしていないことから見てもわかる。つまり、12星座のプリンセスたちは、この宇宙に生きる者たちがイマジネーション、想像力をめぐらしてつくる世界が、希望もあるにはあるが、争い、妬み、苦しみというネガティヴな感情に満ちていることを眺めて、楽しんでいたのだろう。そして、その楽しみを今後も続けたかったのだろう。これは、宇宙の外のプリンセスという存在だから取れる立場である。これは、宇宙の中の宇宙人にとっては残酷な事態なのである。いや、酷いよ蛇遣い座以外のプリンセス。