プリキュアを読む

感想やまとめとは違う分析的なもの

【スタプリ】物語全体において重要なえれなのキャラクター


スタプリにおいて、キュアソレイユことえれなは、これまで、観星中の太陽と呼ばれるというフレーズとその際に学園の同級生女子に囲まれるという描写、および家業を手伝い弟妹の面倒を見ることのみが個性を表す目立った描写であった。明るく華やかで頼れる姉貴分という点が強調されていた。しかし、逆に言えば、それのみであった。えれなには華々しい特技も、重くのしかかるコンプレックスも描かれてこなかった(過去に自分の家族が他と違うと悩んだ過去があるが、それは克服であることが第14話で描かれている)。この状況が、えれなに与える影響について考える。

こだわりが何もない

笑顔を強調するも、それ以外ない。何もない。えれなは、あれをしたいこれをしたいと言うことがない。これを協調性と言うのは危険である。単に流されてしまっているだけとも言えるからである。

得意なことが何もない

笑顔以外に、何もない。普通の多人数プリキュアならば、スポーツが得意な者と勉強ができる者は異なることが多い。しかし、スタプリでは、スポーツ(弓道)も勉強もまどかが優秀であると描かれているが、えれなは部活さえしていない模様。才能はまどかに寄せられているのである。

なぜ何もないのか

これはえれなが家族のために時間を使っており、自分の時間やを持てていないからである。自分のしたいこともしくは自分を向上させるために費やす時間がない。そして、それが当たり前、もしくはやむなしと考えるようになってしまっている…それがえれななのである。今更、自分の好きなように行きてきた母親に、えれなの好きにして良いと言われても、どうすれば良いのか分からないのである。それにしても、42話までこのエピソードを取っておくスタプリ脚本はホント怖い。

なんでもできる、なんでもなれるへのメッセージ

えれなが、母親から、好きなことをして良いと言われて戸惑ってしまう第42話のエピソードは、スタプリの前作ハグプリで何度も言われていた「なんでもできるなんでもなれる」に対する痛烈な批判になっていると見ることができる。現代においては、何かを成し遂げる、何かになるということは、周りの協力がなければ難しいということが、このえれなの笑顔に対するエピソードで丁寧に描かれている。具体的には、えれなは、母親が、通訳という仕事をすることができるよう、自らのやりたいことを犠牲にして、家族を支える役目を引き受けていたのである。つまり、母親がしたいこと、なりたいことをするために、自らがしたいこと、なりたいことを抑えていたのである。このような重いテーマの話なので、第39話、第42話、第43話の3話を使って丁寧に描かれているのである。

第14話の否定

第14話「笑顔 de パーティ!家族のソンリッサ☆」において、ほかの家族と違うことに悩む弟のとうまに対し励ますのだが、この励ましは、家族のために個人の時間を使っていることに疑問を持たない時のえれなの口から出た言葉であり、第42話で母親に「えれな あなたはあなたのすきなようにすればいいのよ」と言われ、家族のために頑張ることが自分の役目と思い込んでいたえれなは混乱してしまう。

これまでのえれなに期待されていた役割

天宮家においてもプリキュアにおいても、求められていたのは、まさしく「母親」役である。周りを明るく元気にする役割であった。その光は誰かを輝かせるためのものだったのだが、今、進路を考えるべきえれなにとって、その光を自分のためにどう使うことを考えることが求められ、戸惑っているのである。

何もないのはひかるも同じ

特に何もないように見えるという点ではひかるも同じ。ひかるの場合、さらにお気楽に楽しんでいるイメージがある。ひかるの葛藤的な何かは未だ描かれていないので、最終回用に残してあると思われる。何が出るのか期待が高まる。父親絡みのような気がする。